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概要

ゲーム&ウオッチを発売していた任天堂が、その次世代ゲーム機器として取り組んだ、携帯型ゲームの市場を実質上開拓した先駆者となる商品。エポック社からかつて発売されていたゲームポケコンに次ぐROM交換方式の携帯ゲーム機である。シリーズの開発はシャープと共同で行っており、液晶も同社のものを使用しているが、当時据え置き型のゲーム機では天然色がすでに当たり前だった中で、乾電池の持ちと価格面の兼ね合いからモノクロ型を採用している。

開発当時、子供向けという事で乱暴・不注意な扱いを想定して頑丈さが求められた。これには有名な逸話があり、同社社長の山内溥が開発陣から渡された試作機を「いきなりカーペットの敷かれた床に投げ出した」との事である。幸い、この試作機は拾い上げられた後でもきちんと動作したため、発売が決定したという。これ以降、任天堂の製品には頑丈さが追求されることになる。海外サイトで検証としてショットガンに撃たれてもゲームボーイが動作していたことが報告された。 また、湾岸戦争の際に任天堂がアメリカ軍に暇つぶし用としてゲームボーイを提供し、その後空爆で倒壊した家屋から発見されたゲームボーイが、外装がひどく焼けていたにもかかわらず問題なく動作していたというエピソードもある。

この他にも同機の開発には様々な経緯があり、「外人は充電してまで遊ばない」発言や、削れる要素は削りに削ってコスト削減を目指したが、後の大躍進の切っ掛けとなる通信機能は、付けても大してコストが上がらず、何か面白いゲームができるかもしれないという漠然とした理由で、開発者の横井軍平曰く「深く考えずに付けた」などとする話が残されている。

なお、この通信機能はGBA以前の初代ゲームボーイ系では、いわゆる"RDY/ACK"信号が全くないために、通信を正確に行う為には、かなりトリッキーなプログラム構造を取る必要があった。

「ゲームボーイ」という名称はコピーライターの糸井重里がつけた。この名称がイギリスでは性差別として問題となったこともある。